【りんごよりみち】いつの間にか人生が変わる、沼のような街 〜DJ chokkooと歩く松本〜
野外音楽フェスなのに、「街」に近いフェス、りんご音楽祭。本連載「りんごよりみち」では、松本在住のりんご音楽祭出演アーティストに街案内をしてもらいます。
第11回のゲストは、松本を拠点にロック&J-POPでフロアを盛り上げるDJ chokkoo(ちょっこー)さん。
大学進学を機にやってきた松本で、誘われるがままにDJの世界に足を踏み入れ、松本の街やカルチャーにどっぷりとハマっていくまでのストーリーを聞きました。
1.刺さるアイテムがあるはず!ジャンルレスな古着屋「FASHION SPOT RAMONE」
chokkooさん まず紹介したいのが、古着屋「RAMONE」です。店主がもともとRAMONE名義でDJをされていて。パーティーやイベント現場で一緒になることが多く、独立してお店を始めると聞いてちょくちょく遊びに来るようになりました。
RAMONEさん このお店が出来たのが約3年前だから、chokkooとはその前からの付き合いだね。いろんなイベントに行くとchokkooがいて、会って喋って酒飲んで……みたいな。
――「RAMONE」では、主にどんなアイテムを扱っているんですか?
RAMONEさん 90’sカルチャーを中心にしつつ、完全に僕の趣味というか僕が通ってきたジャンルやテイストですね。音楽やバンド、アニメ、あとはスケートボード。それから、自分が昔からずっと古着が好きなので、90年代に流行ったアイテムが多いです。今の若い人からしたら逆に新鮮かなと。ジャンルを絞っているわけではないので、きっと何かしら刺さるものがあると思いますよ。
――お2人は、お店がきっかけではなくDJがきっかけで出会ったんですね。
chokkooさん 僕はもともとロックからDJを始めて、今はロックとJ-POPの2軸でDJをしています。RAMONEさんは、僕よりずっと前からロックのDJをしているんです。
RAMONEさん ロック・メタル・ハードコアが僕のDJの土台で、そこからアニソンに転向したんです。当時はまだ全然アニソンDJがいなかったので、「そっちの方が面白そう」と段々シフトしていきました。「これはいけるぞ!」と思って。
chokkooさん RAMONEさんは、全て原盤のCDを使ってDJをするんですよ。初めて現場でプレイを見た時は「すげえ、無数のCDがある!」と衝撃を受けました。僕も以前はCDでDJをしていたのでそういった意味でも先輩としてリスペクトしています。
――アニソンDJ、気になります。
chokkooさん もともと、RAMONEさんが「SONIC」でやっていたアニソンの配信イベントに僕をゲストで呼んでくれたんですよね。「特撮でもいいですか?」とお願いしたら、RAMONEさんは特撮も詳しくていろいろ拾ってくれて。そこからRAMONEさんのイベントに遊びに行ったり、僕のイベントに出てもらったりと親交を深めてきました。その延長で今もお店に顔を出しているので、古着を買うのは本当にたまーになんですが……(笑)。
RAMONEさん パーティー終わりに、ゲストで呼んだ方を連れてきてくれますね。イベントのフライヤーも置きに来てくれるし。お店としては、そういう使い方をしてもらえるのはありがたいですよ。
――松本は、ジャンル問わずいろんなお店に音楽イベントのフライヤーが置いてある印象があります。
RAMONEさん みんながプレイヤーだし、横のつながりが強いんだよね。みんなそれぞれハブを持っているから、居酒屋やカフェ、うちみたいな服屋でもフライヤーを置き合うというか。そこでジャンルがクロスオーバーして混ざり合っている部分はあるかもしれません。
chokkooさん たしかに、ご飯を食べに行ったり、買い物がきっかけで「こんなイベントあるんだ!」って知るのは結構あるあるですよね。
2.パーティーキッズ御用達!?ワンコインで食べられる変わらない味「ラーメンQ」
chokkooさん 「ラーメンQ」は、僕が学生の頃から通っているお店です。「瓦RECORD」(※りんご音楽祭主催者dj sleeperが女鳥羽川沿いで運営していたパーティーハウス)からも近かったので、パーティーの合間にもよく来ていました。深夜1時までやっているので、イベント終わりに駆け込むこともありましたね。松本のパーティキッズを支え続けてくれているお店だと思います。
――深夜に食べるラーメンはおいしいだろうなぁ。chokkooさんのおすすめはありますか?
chokkooさん やっぱり看板商品のQラーメンですね。なんと500円なんですよ。今のご時世にワンコインはあり得ないですよね。これがおいしくて、定期的に食べたくなるんです。注文が入ってから一つずつ包んでくれる餃子もおすすめですよ。すみません、Qラーメンとチャーハン下さい!
――じゃあ、私はQラーメンと餃子をお願いします。
ラーメンQの店主 はいよっ!
――「ラーメンQ」はどれくらい昔から営業されているんですか?
ラーメンQの店主 もう40年近くになるね。昭和天皇が亡くなる1年前から営業しているんだよ。昔はこのあたりはお店がいっぱいあって、浅草の仲見世みたいにものすごく人がいたんだから。当時からお店をやってる人たちは、みんな平均年齢75歳を超えてるんじゃないかな。どこも常連さんたちがいるから続けられてるの。そんなに大きな商いは出来ないけれど、商売としてやっていくことはできる。だから長生きですよ。
chokkooさん 歴史だなぁ。ところで、なんでラーメンQっていう名前なんですか?
ラーメンQの店主 それはねぇ、なんの意味もない!
chokkooさん ないんだ(笑)。
ラーメンQの店主 最初はね、角地にあるから「角」ってお店にしようと思ったの。でもそういう名前の喫茶店が近くにあってね。このあたりは昔は芸者さんがたくさんいたから、じゃあ「奴(やっこ)」って名前にしようと思ったらその名前も使われていた。「おばけのQ太郎」も流行っていたし、「ベルトクイズQ&Q」ってテレビ番組もあったから、「ラーメンQ」にしたの。
――ほかと被らないキャッチーな名前にしようとしたんですね。
ラーメンQの店主 メニューの値段もね、オープンしたときから変えてないの。
chokkooさん え~!こんなに物価高なのに!なんで値上げしないんですか?
ラーメンQの店主 いやいや、500円くらいの価値しかないからねぇ。
chokkooさん も~!何言ってるんですか!
ラーメンQの店主 みんな値上げしろって言ってくれるけどね、うちは麺にしろ野菜にしろ、ほとんど材料の値段も上がってないんですよ。だからこれでいいの。
chokkooさん 「ラーメンQ」がなくなっちゃったら悲しいですよ。ずっと続けていてほしいです。
3.お風呂とサウナで次のパーティーに向けてリフレッシュ!「林檎の湯屋 おぶ~」
chokkooさん 「林檎の湯屋 おぶ~」はいわゆるスーパー銭湯です。パーティーの次の日の朝に仲間内で一緒に行くことが多いですね。朝9時から夜の11時までやっているのでありがたいです。
――疲れを癒してリフレッシュできそうですね。
chokkooさん 松本は、銭湯や温泉が多いんですよ。「お風呂に行く」という選択肢が、日常の中にあるのが松本のいいところですね。「おぶ~」にはサウナもあるので、DJ友だち同士で「ちょっと整おう」みたいなことを言い合っては、外気浴をしながらパーティーの反省会をするんですよ。
――どんなことを話すんですか?
chokkooさん 「今回のDJどうだった?」とか、「次はどういうのやろっか」みたいな感じですね。それから、「今松本で人気なDJって誰なんだろう?」「最近デビューした若い子がいるらしい」みたいな街の情報交換もします。
――そういう話をお風呂で出来るのが松本らしくていいですね。
chokkooさん いいですよね。一緒にお風呂に入って身体の疲れを癒やしつつ、サウナ後に「次のイベントさぁ」と今後の話をすることで、リセットできるというか。仲も深まるし、「やるぞ」って気持ちになれますよね。
4.松本にどっぷりハマるきっかけになった沼スポット「SONIC」
chokkooさん 「SONIC」は、僕がDJを始めるきっかけになった場所です。僕は根っからのSONICキッズでして、ここで育てられたんです。スタッフの卓郎さんには本当にずっとお世話になっています。
「SONIC」卓郎さん こんにちは! 今日は「SONIC」自体はお休みなんですが、お店の外でJのライブペイントと絵の販売をしていて、なんとなくバーを開けていました。普段はバー営業やイベント、スタジオ貸しをしています。
Jさん やっほ~。今回の「りんごよりみち」はchokkooなんだね。いい話聞けた?
――Jさん、お久しぶりです! 過去のりんごよりみちでお話を聞いたおかめさん、bmbrさんも、「SONIC」がきっかけで松本でDJを始めたとお話がありましたが、「SONIC」からDJが生まれていく秘訣はあるんでしょうか。
「SONIC」卓郎さん そうだなぁ。あんまりあれこれ言わないようにしています。たとえば、ほかのDJが自分より前に流していた曲を自分も流す、というのは暗黙の了解的にNGな部分があるんだけど、もしそれをやっている初心者の子がいても、「最近はルールが変わったのかな?流しても良くなったのかな?」と思うというか、気にしないというか。何回も同じ曲流してもいいし、アンバランスに曲を流してもいい。chokkooも、最初は1曲あたりの曲を流す時間が長すぎたような気もします。
chokkooさん たしかに、僕が「SONIC」でDJやり始めた頃も、そういうルールは何一つ教わった覚えがないです。
「SONIC」卓郎さん 「自分のセットはもうこれだし、セレクト的に外せない、今日のキーとなる曲はこれだから」とその人が思うのであれば、しょうがないのかなとか思ったり。そうやって受け入れています。
chokkooさん 現場を重ねるにつれてちょっとずつ周りの空気を感じてそういうことは自然とやらなくなりましたね。やりながら、「これはいいっぽい、これはだめっぽい」を学んできた感じ。ニュアンスで学んでいくみたいな。
「SONIC」卓郎さん chokkooは、どんなことでも一度任せたらちゃんとやりきってくれるんですよ。逆に、DJだけはほんとにめちゃくちゃだった(笑)。でも、途中からちゃんとうまくなった。
Jさん え~!そうなんだ? chokkooのDJっていつもめちゃくちゃ盛り上がるよね? 想像つかないなぁ。
「SONIC」卓郎さん 今は、選曲も幅広いし、現場の空気を読んでくれる柔軟性がある。とにかく盛り上げてくれるんですよ。その安心感がすごくあります。それに、chokkoo自体がみんなに愛されているから、「chokkooが楽しそうなパーティーはいいパーティー」みたいな空気がある気がする。
Jさん それわかるかも! chokkooが飲んでめちゃくちゃになっちゃってるパーティーはみんななんかうれしくなるよね。いつもすごく気をつかってくれる分、「心の底から楽しんでる!」みたいな顔が見られるとうれしいんだよ。
「SONIC」卓郎さん chokkooは、本当にいつもイヤな感じがしないんですよ。自分が楽しむことで、人を楽しませることができる。才能ですよね。尊敬しています。
chokkooさん そんなそんな。でも、そう言っていただけて本当にありがたいです。
インタビュー後半では、松本での音楽活動についてじっくりお聞きしました。
大学進学を機にやってきた松本に、気づけばどっぷりハマっていた
――chokkooさんは松本がご出身なんですか?
いえ、出身は長野県の大町です。大学進学で松本に来ました。
――DJを始めたのも松本に来てからですか?
そうです。高校まではいわゆるライブキッズで、当時からよく県内のライブハウスに遊びに行っていました。松本の大学に入ってから、ダンスサークルに入ったんですよ。それがきっかけで、県内のダンスや音楽系のイベントにあれこれ行くようになりました。
当時茅野市でやっていた「OTOSATA」ってフェスイベントに行ったときに、ロックのDJの方が出演していたんです。それまで、DJってダンスミュージックのイメージがあったから、「こんなDJもあるんだ」と聴いていたら、「毎月イベントやってるよ」とフライヤーを渡されて。
それが松本「SONIC」月1開催のロック系のDJイベント「ROCKOUT」だったんです。そこに遊びに行って、2~3回目くらいで当時のオーガナイザーに「DJやってみたい?」と誘われたのが、DJを始めたきっかけですね。それからもう10年ですからね。気づいたらずっとやっています。
――最初にDJをした時のことは覚えていますか?
何を準備したらいいかもピンとこなくて。自分のCDをあるだけ持っていきましたね。どういう流れでやるかもわからなかったから、自分の好きな曲をとりあえず何かかける!って感じでした。とにかく好きな順番にボタンを押して、曲を流す。DJじゃないですよね(笑)
だから、最初の頃は「好きな曲を大音量で流せる!」みたいな気持ちでDJをしていました。ステージ上でも、お客さんみたいな気持ちでしたね。最初の2年ぐらいは「SONIC」しか知らず、DJとも呼べない何かをずっとやっていました。
プレイヤーからオーガナイザーへ。見える景色が変わってきた。
――そこからDJとしての意識が変わったタイミングはあったんですか?
DJを始めて3年目くらいに、「瓦RECORD」に呼ばれたのが一番のきっかけかもしれないです。当時、「虹色J●POP」っていうパーティがあって、オープニングDJをやらないかと声をかけてもらったんです。
そこで今まで通りにやりたい放題やらせてもらったら、初めて「ちょっと音出し過ぎ」と指摘を受けて。「あっ、ちゃんとDJのこと学ばなきゃ」って思ったんですよ。「俺のやっていることってDJなんだ」と気づいたのが、その頃ですね。
――「ステージの上にいるお客さん」から、DJの自覚が出てきたと。
そこからは、音量を調整したり、文脈を考えて曲をつなげたりするようになりました。当たり前のことですが、ぶつ切りで次の曲にいかないとか。それまでは、「次これ聞きたい!」だけでやっていたところから、電子音が入ってる曲と、それに近い電子音を繋げるとか。ゆったりした曲も間に入れるとか……。当たり前と言えば当たり前のことなんですが。
さらに転機になったのが、「ROCKOUT」のオーガナイザーを任されるようになったことですね。前のオーガナイザーの方が続けられなくなってしまって。そこで、「chokkoo、オーガナイザーやりな」と声がかかって。「じゃあやります」と。それまでは、遊びの延長としてDJをしてイベントに出ていましたが、楽しいだけじゃない部分もちゃんと見るようになって。
――たしかに、出演者とオーガナイザーでは視点が大きく変わりそうですね。
オーガナイザーとしての経験なんてなかったので、最初はフライヤーも作ってなくて。出演者の方に「フライヤーないの?」って聞かれて、「あっ、フライヤーって俺が作らなきゃいけないのか」と、慌てて自分で作りました。当時はまだ大学生で、人に頼むっていう発想もなく、 パワーポイントを駆使してなんとか作って。
お客さんの入りも意識しなきゃいけなくなって。お客さんが入らないとつらいし、メンバーのモチベーションは下がってしまう。パーティーの雰囲気も、メンバーやお客さんがつまらなそうに携帯をいじり始めたりするとすごく気になるようになって。「好きな曲を大音量でかけられて楽しい!」とは全然違う世界が見えるようになりましたし、その視点は、自分のDJにもかなり影響したと思います。
「DJ chokkoo」がいるから、みんなと関われる
――chokkooさんは、現在はJ-POPのDJもされていますよね。2軸になったのはどうしてですか?
最初の数年はずっとロックDJをやってたんですが、たまに「ROCK OUTの人たちも何か一緒にやろうよ」と色んなイベントにクルーで声をかけてもらうようになって。
その時に、「ロックだけやっていてもあんまりお客さんが盛り上がらないな」みたいにちょっと悩んだ時期があって。元々J-POPも好きだったので、盛り上がるロックとJ-POPの2本でDJをやるようになりました。
ロックで貫けばよかったのかもしれないですけどね、 僕はできなかった。「りんごよりみち」のおかめの回で、「みんなが知ってる曲というよりは自分がかっこいいと思っている曲を流す」みたいな話がありましたよね。僕は多分逆になっていて。
――というと?
僕はどちらかというと、「とにかくフロアを上げるのが正義」みたいな。
なので、「ちょっと自分の気持ちとは温度差があるけど、とにかく盛り上がりそうな曲をかける」みたいな時もあります。どっちかっていうと、そっちの方向に進んできた。
それはやっぱり初期の頃にオーガナイザーをやっていた影響があるかも知れないですね。自分が呼ばれていったイベントでも、やっぱり「自分のイベントは盛り上げる!」という気持ちになって。次第に、紹介文でも「とにかくアゲてくれる!」って書かれるようになり、謎のカルマを背負わされてしまった部分もありつつ、それを楽しんでやっています。
――「りんごよりみち」の連載では、DJやアーティストとして舞台に立つ人でも案外インドアなんだなというのがいつも意外で。chokkooさんは、ご自身のことをどう捉えていますか?
僕の場合も、イベントやパーティーでしか人と関われない、みたいな面はあるかもしれないですね。普通の人は多分外に出て、人と話したりして関われるんでしょうけど、僕も基本的にインドアなので。「オーガナイザーだから」とか、何かきっかけがないと人と関われないのかも。DJをしているchokkooを通して、僕はみんなと関われる。
――そもそもなんですが、chokkooさんは普段何をされてるんですか?
普通の会社員ですよ。小売の仕事をしています。全国に店舗がある会社ですが、僕は県内を転勤して回っています。岡谷に住んでたり、上田に住んでたり、伊那にも居ました。現在は松本に帰ってきて仕事をしています。
――学生時代にDJを始めたということは、卒業して転勤になってもずっと松本に通っていたんですか?
そうです。「SONIC」に通い出したのが大学1年生で、「ROCKOUT」のオーガナイザーを任されたのが大学4年生だったので、卒業してからも毎月1回は松本に通ってイベント運営をしていました。普通にまじできつかったです(笑)。「ROCKOUT」はオーガナイザーを引き継いでから結局8年くらい続けました。
今思えば、学生のうちにオーガナイザーを任されていなかったらこんなに松本に通っていなかったと思うし、今も松本にいなかったかもしれません。本当に、あの時「ROCKOUT」に行っていなかったらこんな人生にはなってなかったっすね。
イベント出演からスタッフへ、そしてりんご音楽祭のステージへ
――りんご音楽祭とはいつから関わるようになったんですか?
ちょくちょく「瓦RECORD」のイベントに呼んでもらうようになってから、当時の店長さんに「スタッフやりなよ」と声をかけてもらって、一時期バイトしていたんです。
そこからりんご音楽祭主催のsleeperさんとお話しするようになって、りんご音楽祭の運営を手伝うようになって……という流れでしたね。
――DJとして出る前に、運営に関わっていたんですね。
当時はボランティアスタッフの管理を担当していました。昼の部に最初に出たのが、テンション花車さんのバックDJでした。テンション花車さんは、毎年出演中に何か料理をするんですよ。
――料理を……?
カオスですよね(笑)。料理中、別のDJをフューチャーして出演させるのが定番で。そこで、声をかけてもらいました。花車さんが料理をしている後ろ曲をかけて盛り上げて。それが一番最初の思い出です。
そのあと、りんご音楽祭の後夜祭にDJとして呼んでもらい。さらにそのあと自分のクルーがりんご音楽祭に呼ばれ、僕個人でも出演するようになりました。
――初出演した時のことを覚えていますか?
やっぱり普段のパーティーに出るのとは環境が全然違いましたね。めっちゃ気合いを入れていた気がします。
今まではほぼ知っている人にしか見てもらってなかったので、フェスはほぼ初めての人とかなわけで。僕をめがけてくるわけでもないし、前後も結構有名なバンドだったし。初の個人出演はわさびステージで、「めっちゃやるぞ、かましたるぞ」みたいに思っていました。
――今でもDJをするときは気合いが入りますか?
毎回気合い入れますよ。気合というか、ちゃんとやらなきゃ駄目だと思ってやってますね。
でもやっぱり、一度りんご音楽祭を経験したからこそ、「フェスに出演した人」として見られる所はあると思うので、毎回少しでも記憶に残るように頑張っています。
去年はりんごサブステージに出させてもらいました。まさかのMOROHAさんの次で。どうやって流れを変えてカオスにするかを意識して、めちゃくちゃJ-POPを流しましたね。結構みんな足を止めてくれました。ポップスって、やっぱりすげえって思いました。パワーがあるし、キャッチーさがある。
松本で過ごした10年とこれから
――「DJやってみたら?」から、フェスのステージまで。これまで「りんごよりみち」でいろんな方に活動の経緯を聞いてきましたが、みなさんいつの間にか松本に取り込まれていた、とお話されます。松本にはそういう空気があるんでしょうか。
松本は本当にそうなんですよ。取り込んでくるんです。ふわーっと心地の良い空気を作られて、引き込まれて、いつの間にかずっといる。僕もいつの間にか10年です。沼みたいな街ですね。松本自体に「好きにやってください」みたいな雰囲気があるから、それで引き込んでいく人も引き込まれる人も多いんじゃないのかなと思います。
のらりくらりとここまで来ちゃったんですけど、DJを始めるときに誰かのもとについて厳しい指導を受けていたら、多分もう今頃はDJをやめていたかもしれないです。楽しいから始めて、自然と松本の街に引き込まれていったからここまで続いてきたのかな。
――逆にchokkooさんが誰かを松本に引き込んだことはありますか?
どうなんでしょう。最近は「やめときな」みたいなことしか言ってない気がするけど……。
でも、「ROCKOUT」のオーガナイザーをしていた頃は「DJやってみたいです」という人がいたら無理くりにでもイベントに出させてはいましたね。上から目線じゃなくて、「じゃあ一緒にやろうよ!次お願いします!」ってとりあえず組み込んじゃう、みたいな。
そうすると、初心者なりになんとか仕上げてきてくれて形になっているんですよ。結局、当時自分がされたことをみんなもやっていますね。これも、自分がかつて誰かと師弟関係にあったらやれなかったことかもしれないですね。急に軽く「やりなよ!」と言ってもらえたし、先輩達もゆるかったから、僕も若い子を気軽に誘えた。
――そうやって街の歴史が続いていくんですね。
駅前に新しく「カーリーレコード」が出来たし、これからもどんどん街を盛り上げる若い子が出てくると思います。
実は僕、今年のりんご音楽祭は出演できないんです。子どもができまして、ちょうどりんご音楽祭のあたりが出産の予定日なんですよ。学生の頃から続けてきたDJも、しばらくは一旦お休みかなぁと。
――そうだったんですね、おめでとうございます!無事に生まれることを願っています。
ありがとうございます。ひとまず、ここが僕の人生の中の一つの節目なのかなぁと思っています。
でも、松本には子育てをしつつ街でガンガン遊んでいる先輩方がたくさんいるので、自分もガンガンとはいかずとも、またのらりくらりとやっていけたらいいなと思っています。
――chokkooさん、今日はありがとうございました。また松本の街で会いましょう!
▽DJ chokkooの松本おすすめスポット
・FASHION SPOT RAMONE
・ラーメンQ
・林檎の湯屋 おぶ~
・SONIC
▽「りんごよりみち」オススメマップはこちら!
chokkooのinstagram
取材・執筆:風音
撮影:Naka Hashimoto

















