【りんご通信vol.39】スリーパーさんとの出会いを振り返る(風音)
毎週更新!りんご音楽祭の広報チームによるコラム連載「りんご通信」では、りんご音楽祭のリアルな裏側や、りんご音楽祭の開催地である長野で暮らすメンバーの日常をお届けします。
こんにちは。広報チームの風音です。
りんご音楽祭のクラファンもいよいよ残り2日。
日々皆さまから寄せられる応援コメントをじっくり読ませていただいています。
コメントの中に、「りんご音楽祭がきっかけで転職をした」「移住を決めた」「やりたかったことに挑戦できた」というコメントがちょこちょこありました。そうなんです、りんご音楽祭のあの空間ってなにかそういうパワーがあると思います。実は私もりんご音楽祭がきっかけで仕事を辞め、フリーライターとして独立しました。
今日は改めてそのことを書いてみようと思います。
私がりんご音楽祭の広報チームに加わったのは2022年(正確には、当時は広報チームがなく、主催のsleeperさんやその時々のスタッフが広報的な動きをしている状態でした)。コロナ禍が開け、ステージ数を増やし、過去の開催規模に戻し、なんと3日間の開催が決行された年でした。
当時の私は25歳。岐阜県関市から長野市に移住し、副業的にライターの仕事をしながら善光寺近くのゲストハウスPiseで働いていました(現在はSambo saunとしても営業しており、2025年のりんご音楽祭で初のサウナ出店をしたお店です)。
ある日、ド派手な柄シャツにくるくるのパーマ、丸眼鏡でやたら口角が上がっている人がお店に来ました。それがりんご音楽祭主催のスリーパーさんでした。なんだか地上から数センチ浮いているような、不思議な印象だったのを覚えています。
オーナーに、「松本で有名なフェスをしてる人だよ。挨拶しておきな」と言われ、軽くお話しをしました。私は当時フェスに行ったことがなかったので、「遠い世界の人だ~」と思いました。スリーパーさんはずっとニコニコしていて、「フルスイングで行きましょう!」と何度もバッドを振る真似をしていました。
その翌日、もしくは数日後。ゲストハウスの清掃業務でシーツを取り替えていたら、当時ちょこちょこお仕事をさせていただいていた、編集の会社Huuuu.の代表である徳谷柿次郎さんから着信がありました。
「風音ちゃん、フェスの広報興味ない?」
スリーパーさんから、広報チームを立てたいと相談があったこと。長野市のやる気がある若手を紹介したいこと。スリーパーさんが私のSNSの投稿文を読み、「エモい‼‼」と気に入っていたことを話されました。
当時の私は特に行く宛もなく長野市で働いており、いつまでここにいよう、この仕事を続けようと考えていた時でした。電話を受けた時点で、たしか春先。りんご音楽祭は9月末なので、少なくともあと半年は長野県にいないといけなくなる。場所に縛られるのは、重い。フェスに行ったこともないし、広報の仕事はやったことがない。スリーパーさんとは挨拶しかしていない。受けるか、受けないか。数秒ぐるぐると考えて、
「やってみたいです」
と答えていました。
そこからのことはもうあまり覚えていません。たしか一番最初の仕事は、スリーパーさんの自宅で「おれが今考えていること」を一時間くらい聞き、2022年度のステートメントを考えることでした。(めちゃくちゃ難解だったおかげで、そのあとに受けた別の仕事がとてもやさしく感じました。結果として感謝)
ゲストハウスの勤務を続けながら、スキマの時間でLINEで投げられる依頼に応え(今でもりんごの仕事のやりとりはLINEです)、プレスリリースを書き、自分が行ったことのないフェスの魅力をなんとか発信し続ける。
そして迎えた当日。初日はどしゃ降りの雨。寒いし足下はドロドロだし。でも、コロナ開け一発目の年だったこともあり、集まったお客さんたちの「フェスに来られてうれしい!」「来た以上は楽しみ尽くそう!!」という熱量がすごかった。悪天候に反してとにかくお客さんたちがみんなご機嫌で、譲り合ったり助け合ったりしていて優しかった。2日目は曇り、3日目の最終日は見事に晴れ!
もちろんライブも楽しい。何よりアーティストとの距離が近くて驚きました。ライブを聴いて好きになった真舟とわさんを会場内で見かけ、「ライブ感動しました」と話しながらボロボロ泣いたり。出演者のTastyちゃんを一般のお客さんと勘違いして「すごいおしゃれな人がいる!!」と驚き、勇気を出して話しかけて仲良くなったり。りんごステージトリの浪漫革命の「楽しい夜ふかし」を聴いて、なぜか涙が止まらなくなってひとりで大号泣したり。
3日間もりんご音楽祭をフルで体験し、地上に帰ってきました。
とにかくご機嫌な人しかいない空間にずっといたので、仕事に復帰したその日にたまたま理不尽なクレーマーに当たってしまい、「あ、もう無理」と思ってしまったんですね。だってこの世にはめちゃくちゃハッピーな空間があるって知ってしまったから。もともと、日中は取材に行って記事を書き、夜は接客業するダブルワークに限界が来ていたんだと思います。
そのまま「もう働けません」と突然オーナーに告げ、退職。しばらく実家に帰ったり旅をして、2022年の11月に開業届を出してフリーライターとして独立しました。ありがたいことに今も長野でライターとして仕事ができています。
そんなこんなで4年もりんごに関わり、最初は何もわからなった仕事のやり方も、自分がやるべきことも分かってきた矢先。1月末に急にオンラインのミーティングが収集され、「このままではりんご音楽祭が続けません」と告げられ、超特急でやったことのないクラファンページの立ち上げを行い、今です。当時りんご音楽祭に拾われた、暇とエネルギーを持て余した1人の若者が気づけば30代になり、りんご音楽祭存続をかけたクラウドファンディングを担うことになる。人生なにがどう転がるかわかりませんね。
つい先日、スリーパーさんが長野市にやってきて、私が働いていたゲストハウス・Piseのオーナーのサンボさんと3人で朝ご飯を食べました。スリーパーさんは、道中自分でセブンで印刷したクラファンのポスターを「貼っていただけませんか」と配って歩いていました。
皆さんからの応援コメントを見ていると、私のように直接的なり間接的なり、りんご音楽祭によって人生を転がされた人って結構いるんじゃないでしょうか。
ヤマトパンクスさんからの応援メッセージ、「りんご音楽祭がある世界とない世界 どっちが面白いと思う?」。皆さんはどうですか。私の人生は、りんご音楽祭があったおかげで面白くなったと思います。
これからも、あの不思議なお祭りが、みんなの人生をちょっとずつ転がし続けて、それが波及して世界がご機嫌で面白くなりますように。最後まで応援よろしくお願いします。
クラファンはこちらから!
PS クラファン最終日の28日の17時半頃から、りんご音楽祭のinstagramでスリーパーさんとインスタライブをします。ぜひ観に来て下さい!

















